TOP > スペシャル特集 インデックス > 「昭和ジュークボックス」インデックス > 第9回 ポプコン特集

昭和ジュークボックス

  • 昭和TV
  • GyaO[ギャオ]

第9回 ポプコン特集

日本のニューミュージック・シーンに多くのアーティストを輩出した、アマチュア・コンテスト「ポプコン」!古くは「あなた」から「ふられ気分でRock'n' Roll」まで、ポプコンが生んだ名曲を大特集!

昭和のある時期にフォークやニューミュージック、あるいは日本のロックを聴いていた人なら、「ポプコン」という名称にはなんらかの思い入れとか懐かしさみたいなものを意識するんじゃないだろうか。日本を代表するこのコンテストにはあのころとても大きな影響力があり、事実、数多くの才能あるアーティストがここからチャンスをつかんだからだ。

それにぶっちゃけリスナーの立場からしても、「ポプコンで優勝」みたいな冠つきでデビューするアーティストは、その時点でもう間違いなしの保証つきだったのだ。中島みゆきしかり、長渕剛もしかり、谷山浩子もまたしかり。文字どおり、ハズレ皆無って感じだった。

さて、念のためにちょっとばかり説明しておくと、1986年まで32回続いたポプコンは「ヤマハ・ポピュラーソング・コンテスト」の略称である。優勝者にはメジャー・デビューの資格が与えられ、さらには同じくヤマハ音楽振興会が主催する「世界歌謡祭(懐かしいでしょ)」への出場資格が与えられるということで、当時のミュージシャンにとっての登竜門だったのであった。

1971年からは連動するラジオ番組「コッキーポップ」も始まって大人気になったし('77年からテレビ版も放映された)、まさにメディアの可能性をフルに活用した大盤振る舞い状態。となれば審査のレベルも高くなって当然なのだから、結果的には間違いのないアーティストだけが勝ち残るシステムだったわけである。

ちなみにポプコンが「'69作曲コンクール」という、いかにもおカタい名称でスタートしたのは1969年11月23日のこと。ということは、同じころ新宿西口ではフォークゲリラが真っ盛りだったことになる。そして全盛期の70年代はといえば、フォーク〜ニューミュージックの黄金期。さらには80年代は、MTVなどの普及も手伝って国内ロックがメジャーのフィールドで大きなポピュラリティを獲得した時代だ。というわけで時代の空気をタイムリーに取り込んでいたポプコンは、国内音楽シーンの成長に欠かせないイベントだったのだ。

黛ジュン(第1回グランプリ)、弘田三枝子(第2回グランプリ)、赤い鳥(第2回入賞)、ヒデとロザンナ、モップス(ともに第3回グランプリ)、井上陽水(第4回入賞)、小坂明子('73グランプリ大会グランプリ)、葛城ゆき(第7回グランプリ)、八神純子(第8回優秀曲賞)、因幡晃(第10回優秀曲賞)などなど、気になるアーティストをピックアップしていったら、それだけでこの場が埋まってしまいそうな充実度。いうまでもなく、69年以降の昭和を象徴する存在だったことがわかる。

だからこそ、いま改めて思い起こせば、数々の名曲が昭和の残像とぴったりリンクすると思いますよ。ポプコンをキーワードにして、忘れかけていた多くの名曲を思い出してみよう。

(Text/印南敦史)

>>ページTOPへ

Juke Box セレクション

 width=

N.S.P
あせ

1973年 Release

ダウンロード価格
トラック 各\210(税込)

おすすめトラック
夕暮れ時はさびしそう試聴
コンクリートの壁にはさまれて試聴
あせ試聴

天野滋(vo,g)、中村貴之(vo,g)、平賀和人(vo,b)からなるニュー・サディスティック・ピンクことNSPは、「あせ」で1973年の第5回ポプコンに入賞してチャンスをつかんだ。そして同じ年には、「さようなら」でデビュー。翌年夏には代表曲「夕暮れ時はさびしそう」で35万枚もの売り上げ実績を打ち立て、以後も数々の名曲を生み出していくことになった。中村がインタビュー集「フォークソング されどわれらが日々(文藝春秋)」で結成から最期に至るまでのエピソードを生々しく語っているのだが(必読!)、それによると「プロになる気なんかまったくなかった」のだとか。売れてからも「マンネリができなかった」そうで、それが80年代の自然消滅につながったわけ。しかし彼ら自身の葛藤はともかくも、時代の空気感をほどよく反映した独特の叙情性が結果的に大きく支持されたという事実だけは否定できないだろう。2002年には16年ぶりで復活したにもかかわらず、05年7月1日に天野がガンで急逝したのが悔やまれるところである。

>>ページTOPへ

 width=

チャゲ&飛鳥
風舞

1979年 Release

ダウンロード価格
アルバム \1,890(税込)
トラック 各\158(税込)

おすすめトラック
ひとり咲き試聴
流恋情歌試聴
私の愛した人試聴

CHAGE(柴田秀之)とASKAこと飛鳥涼(宮崎重明)は、高校時代からの古い友人。大学時代は別々のグループで活動していたのだが、第16回ポプコンの九州大会に進出する際にレコード会社のディレクターからの誘いを受け、「チャゲと飛鳥」として活動を開始した。そして直後にはチャゲ&飛鳥と改名し、この年は「流恋情歌」で入賞。さらに翌年の第17回ポプコンでは「ひとり咲き」が入賞し、同曲でデビューを果たしたのだった。翌80年のヒット「万里の河」にもいえることだが、このころ音楽的には演歌にもつながる日本的な空気感が最大の持ち味だった。80年代以降、とりわけCHAGE & ASUKAと名を改めた1989年(90年からASUKAはASKAへ)ごろからはデジタル・サウンド路線へと激変したが、現在の路線と同様にデビュー当時の楽曲も依然として熱烈に支持されていることもまた事実だ。いまや誰もが認める国民的アーティストにまで成長したわけだけれど、ポプコンから可能性を切り開いていった昭和の軌跡を、いま改めてなぞってみるのもいいんじゃないかな。

>>ページTOPへ

 width=

八神純子
雨の日のひとりごと

1974年 Release

ダウンロード価格
トラック 各\210(税込)

おすすめトラック
雨の日のひとりごと試聴
幸せの時試聴
思い出は美しすぎて試聴

八神純子がポプコンに初出場したのは1974年のこと。この年に開催された第8回で「雨の日のひとりごと」が優秀曲賞に選ばれ(同じ年の世界歌謡祭でもこの曲を歌っている)、さらに「幸せの時」も入賞し……と当初から実力を発揮していたのだった。出場年の早さはちょっと意外な気もするが、いずれにしてもこれがきっかけとなって「雨の日のひとりごと」をリリース。「幸せの時」をシングル・カットした翌75年には、第9回ポプコンつま恋本選会で「幸せの国へ(To Where Happiness Lives)」が優秀曲賞に選ばれている。そしてチリ音楽祭などに出演後、1978年に「思い出は美しすぎて」で正式デビュー。これが大ヒット記録を樹立し、以後も「みずいろの雨」、「想い出のスクリーン」、「ポーラスター」、「パープルタウン」、「I’m A Woman」など数々のヒット・ナンバーを送り出していった。音楽的には洋楽のエッセンスをほどよく感じさせる点が特徴であり、そういう意味ではニューミュージックの枠を超越したアーティストであるともいえる。

>>ページTOPへ

 width=

因幡晃
わかって下さい

1975年 Release

ダウンロード価格
トラック 各\210(税込)

おすすめトラック
わかって下さい試聴
別涙(わかれ)試聴
思いで・・・試聴

因幡晃は1975年の第10回ポプコンに出場し、「わかって下さい」で最優秀曲賞を受賞したシンガーソングライターだ。同じく世界歌謡祭でも入賞を果たしているが、この年のグランプリが中島みゆきの「時代」だったことは彼にとってちょっとばかり無念かもしれない。とはいえ「わかって下さい」に時代や国籍を超えた魅力が備わっていたことは間違いなく、それを裏づけるかのようにフランス語バージョンまでがリリースされた。ちなみにミュージシャンやシンガーソングライターの場合、アマチュア活動を経てプロになるという道筋が一般的だが、彼の場合はこれにあてはまらない。なんと高校卒業後は鉱山技師として働いていたという変わった経歴の持ち主で、「わかって下さい」も仕事中の鼻歌がきっかけとなって生まれたものだという。経験ゼロの状態からあれだけのメロディを生み出したわけだから、これは才能と呼ぶ以外にないだろう。事実、以後も「別涙(わかれ)」、「思いで…」など、地味ながらも普遍的な楽曲を送り出している。

>>ページTOPへ

 width=

世良公則&ツイスト
あんたのバラード

1977年 Release

ダウンロード価格
トラック 各\210(税込)

おすすめトラック
あんたのバラード試聴
宿無し試聴
燃えろいい女試聴

1977年の第14回ポプコン、そして直後の世界歌謡祭において、世良公則&ツイストは相次いでグランプリを獲得した。受賞曲であり、デビュー・シングルにもなった「あんたのバラード」で彼らが登場したときの衝撃を鮮烈に記憶している人は決して少なくないはずだ。世良のパワフルなボーカルとダイナミックなアクション、その前提となっていた“正しい日本のロック”というべき骨太でパワフルな雰囲気、ロック・ファン以外の耳にも訴えかけるキャッチーさ。彼らが備えていたそれらのエレメントは、あるようでどこにもなかったものだとしかいえない。だからこそ説得力は抜群で、以後も「宿無し」、「銃爪」、「燃えろいい女」など次々と生まれる大ヒットによって、リスナーを確実に魅了していったのだ。1981年に解散したので活動期間は意外に短く、そういう意味では彗星のような存在だったといえるかも。しかし4年の間に築き上げた功績の大きさははかり知れず、いま聴きなおしてみてもその鮮度がまったく失われていないことには驚かされるばかりだ。

>>ページTOPへ

 width=

庄野真代
エッセンシャル・ベスト

2007年 Release

1973年にヤマハボーカルオーディションに合格し、翌年の第7回ポプコンで入賞。さらには第9回と第10回でも入賞するなど、なにかとポプコンに縁のあった庄野真代。デビューも’76年だが、翌年の「中央フリー・ウェイ」でブレイクし、以後’78年には「飛んでイスタンブール」、「モンテカルロで乾杯」、「マスカレード」と大ヒットを連発した。カラフルでポップな曲調はいまなお魅力的だ。

おすすめトラック

中央フリー・ウェイ試聴
飛んでイスタンブール試聴
 width=

高木麻早
ひとりぼっちの部屋

1973年 Release

「ひとりぼっちの部屋」で第5回ポプコンに入賞、最優秀歌唱賞も受賞したことから、高木麻早は1973年に同曲でデビューした。ポップな曲調と柔らかなボーカルが魅力で、他にも「想い出が多すぎて」、「コーラが少し」、「忘れたいのに」などヒット曲多数。ソングライターとしてのセンスも抜群で、岡崎友紀、ニック・ニューサー、名高達郎などの作品にも関与している。

おすすめトラック

ひとりぼっちの部屋試聴
想い出が多すぎて試聴

>>ページTOPへ

 width=

葛城ユキ
ベスト・コレクション

2005年 Release

1983年の大ヒット、「ボヘミアン」での絶叫ボーカルがとにかく強烈。1974年の第7回ポプコンで「木曽は山の中」を歌って最優秀賞を受賞した葛城ユキは、その後1980年の「哀しみのオーシャン」でデビューを果たした。ハスキーな声質と、粗野でパワフルなボーカルが最大の武器。インパクト抜群のルックスとアクションも含め、日本には珍しいタイプのシンガーだといえる。

おすすめトラック

哀しみのオーシャン試聴
ボヘミアン試聴
 width=

小坂恭子
思い出まくら

1975年 Release

1973年の第5回ポプコンでは、「私の好きな組合わせ」で歌唱賞を受賞。さらに74年の第7回には、「恋のささやき」がグランプリに輝き、小坂恭子はデビューを実現した。ブレイクの契機となったのは、130万枚を超える大ヒットを記録した翌75年のセカンド・シングル「想い出まくら」。この曲にも反映されている独特の哀愁、そしてその裏づけとなる歌唱力が大きく評価された。

おすすめトラック

思い出まくら試聴
あそび場試聴

>>ページTOPへ

 width=

クリスタル・キング
大都会

1979年 Release

流行のたぐいに左右されることなく我が道を行くスタイルで成功を勝ち取ったクリスタル・キングは、ポプコンで二度の受賞歴を持っている。まずは第16回で入賞した「明日への旅立ち」、そして第18回のポプコンで優秀歌唱賞とグランプリを受賞した「大都会」だ。一度見たら忘れられないルックスも、聴けば耳に貼りついてしまうボーカルも、すべてがオリジナリティの塊。

おすすめトラック

大都会試聴
蜃気楼試聴
 width=

円広志
夢想花

1978年 Release

1978年、「夢想花」によって第16回ポプコンと第9回世界歌謡祭でグランプリを獲得した円広志。同曲は「飛んで飛んで〜」というフックが印象的で、80万枚以上のセールスを誇る大ヒットとなった。“一発屋”的なイメージも強いがソングライターとしてもたしかな才能を持っており、たとえば森昌子の「越冬つばめ」や上沼恵美子の「コスモス揺れて」なども彼の手によるものだ。

おすすめトラック

夢想花試聴
大阪 BROKEN HEART試聴

>>ページTOPへ

 width=

雅夢
愛はかげろう

1980年 Release

三浦和人と中川敏一からなる雅夢は、1980年の第19回ポプコンで「愛はかげろう」を披露して優秀曲賞を受賞したデュオ。デビュー・シングルにもなったこの曲はロング・ヒットとなり、80年秋から翌年にかけて69万枚以上のヒットに。フォークのエッセンスを感じさせる叙情派ニューミュージックというような音楽性が持ち味で、短命ながらも大きな支持を勝ち取った。

おすすめトラック

愛はかげろう試聴
悲しくて試聴
 width=

伊藤敏博
サヨナラ模様

1981年 Release

国鉄(現JR)の車掌として働きながら歌い続け、1981年に「サヨナラ模様」で第21回ポプコンのグランプリを獲得したという異色のシンガーソングライターが伊藤敏博。デビュー曲となった同曲は70万枚ものヒットになったが、浮かれることなく以後も兼業の姿勢を崩さなかった。1987年の国鉄分割民営化が退職のきっかけになったというエピソードも、妙に説得力がある。

おすすめトラック

サヨナラ模様試聴
長距離コール試聴

>>ページTOPへ

 width=

あみん
待つわ

1982年 Release

あみんは、名門女子大として知られる椙山女学園大学の同級生だった岡村孝子と加藤晴子によるデュオ。全国大会直前で敗退した前年に続いて1982年、第23回ポプコンに出場し、「待つわ」でグランプリを獲得。デビュー・シングルにもなったこの曲は、歌詞の恐さも受けて大ヒットを記録した。83年に解散し、岡村だけがソロとして活動を続けたが、2007年に活動を再開。

おすすめトラック

待つわ試聴
琥珀色の想い出試聴
 width=

辛島美登里
IN YOUR EYES

1995年 Release

辛島美登里は、大学生だった1983年に第26回ポプコンに出場してグランプリを獲得。このとき披露した「雨の日」で同年にデビューを果たした。艶やかな楽曲と洗練された歌詞が高く評価され、以後も公式のデビュー・シングルとされる「時間旅行」を筆頭に好作をコンスタントにリリース。定番クリスマス・ソングとして知られる「サイレント・イヴ」で、大きな成功を勝ち取った。

おすすめトラック

冷たい瞳試聴
平凡試聴

>>ページTOPへ

More&More

なにしろ歴史あるコンテストである。ここで紹介した以外にも、ポプコンからは多くの才能が生まれている。たとえば古いところだと、すぐ思いつくのは73年の世界歌謡祭受賞曲「あなた」を生んだ小坂明子だ。いま聴いても、すっごくいい曲。その他、翌年に入賞して「まわり灯籠」などの名曲を残すことになった高岡美智子とか、76年に「君は風」を放った佐々木幸男あたりも印象的ですなあ。そういえば久保田麻琴の奥さんとしても知られるサンディーも、76年に「グッドバイ・モーニング」で世界歌謡祭最優秀歌唱賞を受賞しております。

一方、80年代になると新しい10年の幕開けの年に「完全無欠のロックンローラー」で大ブレイクしたアラジンや、84年の「ふられ気分でRock'n' Roll」でおなじみTOM★CATなどの個性派も登場。かと思えばいかにもポプコンらしい「コーヒーハウスにて」の相曽晴日や「花ぬすびと」の明日香などもきちんと評価されたりして、バランスが保たれていました。

そういえば時代は前後するけれど、入賞こそしなかったものの過去にはブレッド&バターや安全地帯、石川優子、林哲司、そしてあのTHE MODSまでがポプコンのステージを踏んでいるんですぜ。そんなところにも、ポプコンの大きさが反映されている気が。

 width=

小坂明子
あなた(Live ver)

1973年 Release

[試聴]

 width=

高岡美智子
まわり燈篭

1981年 Release

[試聴]

 width=

佐々木幸男
君は風

1976年 Release

[試聴]

 width=

サンディー
グッドバイ・モーニング

1976年 Release

[試聴]

>>ページTOPへ

 width=

アラジン
完全無欠のロックンローラー

1981年 Release

[試聴]

 width=

TOM・CAT
ふられ気分でRock’n’Roll

1984年 Release

[試聴]

 width=

相曽晴日
コーヒーハウスにて

1980年 Release

[試聴]

 width=

明日香
花ぬすびと

1982年 Release

[試聴]

>>ページTOPへ