さて今回は、ちょっとばかし大胆かもしれない企画なのである。だって“戦後歌謡”って区分け、あまりにも幅が広すぎると思われても仕方がありませんから。
でも当然ながら、これは終戦から現在に至るすべての歌謡曲をさしているわけではない。対象は「リンゴの唄」に人々が励まされたころから、60年代あたりまでの時代だ。
それらを十把一からげにしようというのは、歴史的観点からみればたしかにありえないだろう。だけどその反面で、笠置シヅ子の「東京ブギウギ」にも三波春夫の「チャンチキおけさ」にも共通するノスタルジーってあるじゃないですか。確実にあると思う。
そしてそれは当時を直接的に知る世代にとって大きな意味を持つものであるのと同時に、下の世代にとっても相応の価値として訴えかける。事実、僕は以下で紹介する楽曲のすべてをリアルタイムで体験したわけではない。が、それでも印象は鮮明で、上の世代がそうであるように、やはり懐かしさをおぼえる。
歌謡曲というものが、昔はそれほど大きな影響力を持っていたのだと思う。そして、父親が晩酌をしながら眺めていたテレビから聞こえてきたとか、夕食をつくっている母親の横のラジオから聞こえてきたとか、それらは当時の生活感覚とも微妙につながっていた。だから、新鮮さをいまも与えてくれるのかもしれない。
それにしても、この時代の通う曲を聴くたび実感せざるを得ないのは、当時のミュージシャンの演奏能力の高さだ。ジャズあがりの人たちが多かったせいかもしれないが、完成度の高さがハンパない。
小林旭「アキラのズンドコ節」や橋幸夫「恋のメキシカン・ロック」のチャカポコと心地よいリズム・セクションとか、松尾和子とマヒナスターズが交互に歌い上げる「誰よりも君を愛す」の都会的哀愁(としか呼べない)とか、水原弘「恋のカクテル」のスリリングなムードとか、もう完全に世界が確立されてるじゃないですか。
それに鶴田浩二「街のサンドイッチマン」やフランク永井「有楽町で逢いましょう」、あるは青木光一「僕は流しの運転手」や島倉千代子「東京だョおっ母さん」などを聴いていると、(幼なすぎて実感できなかった)当時の東京の空気感を追体験できるような気さえしてくる。リアルタイムな世代には、もちろんそれ以上の感慨があるでしょうしね。
というわけで、これらの名曲の数々をぜひともまた聴いてみてほしいわけです。時代が急速に進むなかで忘れてしまいがちなニュアンスを、思い起こさせてくれると思うから。 (Text/印南敦史) |