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昭和ジュークボックス

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第6回 昭和の歌姫・パート1

抜群の歌唱力とお色気もあり!昭和の歌姫大集合!
テレビにかじりついて見ていた、あのスター歌手。ヒット曲と共に甘くほろ苦い思い出を!

数年前、(おもにR&B系の)女性シンガーのことを評価する際に「ディーヴァ(diva)」という表現がやたらと使われたことがあった。僕もまったく使わなかったわけじゃないから、人ごとみたいにはいえないんだけど(思い出したくない。恥ずかしい)。

「歌姫」と解釈されることが多かったように思うが、本来、それはおもにオペラで主役を張れるだけの力を持った女性歌手のことだ。つまりは「普通の歌い手よりも一歩上を行く才能の持ち主」と言うことを強調したいがために、なんとなくかっこよくも聞こえるその言葉が選ばれたんだと思う。

でもね、いつも感じていた。
ときどき使ってたくせに、それでも感じていた。

単に「歌い手」というだけならまだしも、本当の意味でワンランク上の歌手という意味での「ディーヴァ」もしくは「歌姫」なんて、そうそういるものじゃないって。

それどころか、そのテの言葉で飾り立てられているシンガーに限って発声法が全然だめだったりキーをはずしても気づかなかったり、そんなのばっかりだったのだ。それをはやしたてることにはものすごく抵抗を感じたから、個人的にはある時期からその言葉を使うことを意識的に避けるようになった。

そして同じころ、あのときディーヴァ扱いされていた人の大半が、急速にシーンから消えていった。
世のなか、そんなものですよね。

と書いているのは、悪口がいいたいからではない。そうではなく、振り返ってみれば昭和の女性歌手にこそ、本当の意味でのディーヴァ、もしくは女性歌手と呼べる人がとても多かったのではないかと思えてならないんですよ。

スタンスがアーティスティックであったか否かといえば、そうではない人の方が多かったと思う。いわば商業歌手だ。けれど商業歌手として、レコードやコンサートにお金を出した人に最低限の満足感を与えるだけの実力と責任感を、みんな当然のように備えていた。

ぶっちゃけ当たり前のことではあるんだけど、裏を返せばいつの間にか、当たり前のことができなくても問題にならない時代になってしまっているということだ。で、そんな時代だからこそなおさら、当たり前のことを当たり前のようにこなせていた人たちの歌声が、時代を超えて心に響いてくるんじゃないだろうか。

成果主義がまかりとおる時代のなかで「昭和」が見なおされている社会全体の現状とも結びつく気がするんだけれど、要するにどれだけ状況が変化しようとも、人は人間的なものに惹かれるのかもしれない。

そんなわけでいまふたたび、本当の意味での「歌姫」たちの音楽に耳を傾けてみてはいかがでしょう? 懐かしい歌声がきっと、忘れかけていたなにかを思い出させてくれると思いますぜ。
(Text/印南敦史)

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Juke Box セレクション

ザ・ピーナッツ
『夢のシャボン玉ヒッツ』

1970年 Release

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アルバム \2,000(税込)
トラック 各\210(税込)

おすすめトラック
シャボン玉ホリデー試聴
ミスター・ベース・マン〜可愛い花〜悲しき16歳試聴
マシュケナダ試聴

双子のデュオという強烈なキャラを武器として1959年に「可愛い花」でデビューしたザ・ピーナッツは、誰もが認める“昭和の歌姫”の代表格といえるんじゃないだろうか。双子だけあってハーモニーは絶妙のひとこと。バック・バンドの演奏もハイ・クオリティだっただけに、アメリカやドイツなど海外公演を積極的に行っていたことも充分にうなずける。あの「エド・サリヴァン・ショウ」にも出たことがあるんですよね。それと全盛期に子どもだった世代にとっては、映画『モスラ』での“小美人”役が印象的なんじゃないかな。あのころの子どもはみんな「♪モスラ〜や モスラ〜」と歌っていましたよね。そして彼女たちの功績を振り返るうえで無視できないのが、1961年6月に日本テレビ系列でスタートした『シャボン玉ホリデー』。11年も続いたこの人気番組では、共演のハナ肇とクレイジー・キャッツとともに国産ポップ・ミュージックのプロトタイプというべき最先端の楽曲を聴かせてくれたものだ。いま聴いても新鮮で、質の高さには驚かされるばかり。

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奥村チヨ
『コケティッシュボム』

1970年 Release

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アルバム \1,500(税込)
トラック 各\150(税込)

おすすめトラック
恋の奴隷試聴
恋泥棒試聴
終着駅試聴

高校生のときに小野薬品のドリンク剤 「リキホルモ」 のCMソングを歌ったことがきっかけとなって高校卒業後の1965年に「あなたがいなくても」でデビューし、奥村チヨは一躍大人気を獲得した。フジテレビ新人奨励賞受賞のきっかけとなった「ごめんねジロー」、ベンチャーズ作曲による「北国の青い空」、100万枚を超える大ヒットとなった「恋の奴隷」、続く“恋三部作”の「恋狂い」「恋泥棒」、やはり100万枚以上のセールス実績を打ち立ててレコード大賞作詞賞も受賞した「終着駅」などヒット・ナンバーを連発した彼女も、間違いなく昭和を代表する歌姫のひとりだ。“和製シルヴィ・バルタン”と呼ばれていたことからもわかるとおり、コケティッシュなルックスと甘い歌声には洋楽にも通じる洗練性がありましたよね。現在も活躍中だけれど、1974年に作曲家の浜圭介と結婚してから14年にわたって一線を退いていたことも、結果的には名声を不動のものにしたのだった。

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黛ジュン
『灼熱のミニスカ・ダイナマイト!!』

1994年 Release

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アルバム \1,500(税込)
トラック 各\150(税込)

おすすめトラック
天使の誘惑試聴
恋のハレルヤ試聴
雲にのりたい試聴

中学卒業後からジャズ・シンガーとして活動を開始し、米軍キャンプを巡回しながら実力をつけていっただけあり、黛ジュンは、パワフルで迫力満点のボーカルが魅力。ミニスカートも人気のひとつになっていましたけど。なかでも不遇の時代を経た改名後の再デビュー作となった「恋のハレルヤ」は圧巻だ。いま思えばすごいタイトルだけど、「♪ハレルヤ〜」という堂々とした歌いっぷりにはそれだけで有無をいわさぬ説得力がみなぎってましたよね。爽やかな雰囲気がウケて日本レコード大賞を受賞した1968年の大ヒット「天使の誘惑」も見逃しがたいところ。「恋のハレルヤ」以降わずか2年で500万枚のセールス実績を打ち立てたという事実からも、当時の人気がうかがえようというものだ。ウィルソン・ピケット「ダンス天国」、レイ・チャールズ「ホワッド・アイ・セイ」、ビートルズ「キャント・バイ・ミー・ラヴ」、「ツイスト・アンド・シャウト」など、数々の洋楽カバーも聴きどころ満載。

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小川知子
「初恋のひと」

1969年 Release

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アルバム \1,500(税込)
トラック 各\150(税込)

おすすめトラック
初恋のひと試聴
恋のなごり試聴
ゆうべの秘密試聴

60年代に子役として活動をスタートさせた小川知子は、30代くらいの人からすると80年代の不倫ドラマ『金曜日の妻たちへ』のイメージかな。と人ごとみたいにいってるけれど、僕もそんな感じかも。だけどかつてはアイドルとしても大人気だったわけで、特に60年代後半から70年代前半の勢いにはめざましいものがあったのだった。なにせ19歳だった1968年に「ゆうべの秘密」で歌手デビューして以降、翌年の「初恋のひと」、70年の「思いがけない別れ」などなど、誰でも知ってるヒット曲をこの時期に生み出しましたからね。しかし適度に湿っぽく、そして伸びやかな歌いまわしには女優の片手間仕事を超えたフックが備わっていたのも事実。ただ名声だけで売れたわけではないのだ。タイトル曲とアルバム『初恋のひと』は、オープニングをはじめ数カ所に入るわざとらしいナレーションにも妙な味わいが。当時、この語りを聞いて心をときめかせていた人も多かったんだろうなあ。

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弘田三枝子
『ドーナツ盤メモリー』

2006年 Release

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アルバム \2,400(税込)
トラック 各\200(税込)

おすすめトラック
人形の家試聴
私が死んだら試聴
砂に消えた涙試聴

たとえば「砂に消えた涙」での、大きく口を開いたわかりやすい発声法がそうだ。「人形の家」での、さりげなくもメランコリックな表現にしても同じ。あと、「私が死んだら」でのボーカルの伸びとかね。どうあれ「ポップスの女王」との異名を持っていただけあり、弘田三枝子の歌唱力にはずば抜けたものがあったのだった。伊東ゆかりがそうであったように、小学生時代から立川の進駐軍キャンプで歌っていたという実績はダテじゃない。発売一ヶ月で6万枚を売ったという「子供ぢゃないの(ヘレン・シャピロ)」、20万枚のセールスとなった「ヴァケイション(コニー・フランシス)」、63年の紅白歌合戦でも歌われた「悲しきハート(スーザン・シンガー)」など、数あるカバー曲でのクオリティにも聴くべきポイントがありますね。上記ヒット・シングルももちろん収録された『ドーナツ盤メモリー』を聴きなおしてみれば、圧倒的な存在感に改めてため息が出るんじゃないかな。

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渚ゆう子
『京都の恋』

1970年 Release

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アルバム \1,500(税込)
トラック 各\150(税込)

おすすめトラック
京都慕情試聴
京都の恋試聴
風の日のバラード試聴

幼少時から沖縄民謡を学び、さらに19歳で芸能界入りしてからは当時の最先端だったハワイアンを習得。1967年にハワイアン歌謡の「早くキスして」でデビューして、1970年にはベンチャーズの「京都の恋」と「京都慕情」を日本語詞で歌って大ブレイク。こんなごった煮的プロセスからもわかるとおり、渚ゆう子は時代の流れに合わせてあらゆる音楽を吸収しながら歩みを進めてきた歌い手だ。しかもそうでありながら、結果として生まれた音楽はきわめて日本的。そもそもボーカル・スタイル自体が日本の伝統に根ざしたものだし、そういう意味では洋楽も民謡も演歌も歌謡曲も同じ尺度で受け入れることができる日本人ならではの雑食性が生み出した逸材といえるかもしれない。なだけに、さまざまな側面を兼ね備えた楽曲はどれも時代の流れに左右されることがない。目先の流行とはベクトルの異なる次元で勝負をかけてきたわけで、だからこそリスナーを魅了するのでしょうね。

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西田佐知子
『全曲集』

1994年 Release

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アルバム \2,000(税込)
トラック 各\200(税込)

おすすめトラック
アカシアの雨がやむとき試聴
くれないホテル試聴
コーヒー・ルンバ試聴

「アカシアの雨に打たれて ?このまま死んでしまいたい」と歌われる「アカシアの雨がやむとき」は、1960年に話題を呼んだ西田佐知子の代表曲。60年安保の時代を象徴する名曲として、団塊世代にとっては大きな意味があるという。なーんて距離感のある表現をあえて使ったのは、1962年生まれの僕にはそのリアリティを語る資格がきっとないからだ。そうでなくともあの時代を生きた人たちについて触れる際には気をつかってしまうのだけれど、どうあれこの曲が、デビュー以来伸び悩んでいた彼女のキャリアを大きく羽ばたかせたのは事実でしょう。原田信夫「夜霧のテレビ塔」とのカップリングで60年にリリースされた当初は話題にならず、61年のスタンダード・カバー「コーヒー・ルンバ」のヒットで軌道に乗り、62年に再評価されたという流れ。憂いと乾きを感じさせる歌唱表現が時代とリンクしていたのであろうことは、いま聴いてみてもよくわかる。

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園まり
『歌が唄いたい!! ベストヒット&カラオケ』

2006年 Release

中尾ミエ、伊東ゆかりとともに、スパーク三人娘としても人気を博していたのが園まり。近年、映画『歌謡曲だよ人生は』でも起用された「逢いたくて逢いたくて」がそうであるように、艶やかなボーカルにはムード歌謡のムード満点。藤圭子や美空ひばりなどによる多数のカバーが存在する「夢は夜ひらく」は彼女のバージョンが一番有名で、紅白歌合戦でも披露された。

おすすめトラック

逢いたくて逢いたくて試聴
夢は夜ひらく試聴

由紀さおり
『ベストナウ』

1990年 Release

童謡歌手としての時期を経て、1969年に深夜放送から火がついた「夜明けのスキャット」が150万枚の大ヒットに。以後も由紀さおりは独特の清涼感を武器に、「手紙」「生きがい」「故郷」「ルーム・ライト」、「恋文」など、数々のヒットを生み出した。流行に左右されない普遍性があるだけに、70年代後半の「ふらりふられて」「トーキョー・バビロン」なども聴き逃せない。

おすすめトラック

夜明けのスキャット試聴
手紙試聴

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辺見マリ
『MON CHERI MARI J-POPヒットパレード38』

1969年 Release

19歳のとき「ダニエル・モナムール」でデビューした辺見マリが名声を確立した楽曲といえば、翌年の大ヒット「経験」。ため息まじりに歌われる「やめてェ」というフレーズとスペイン系アメリカ人の血を引いたルックスには絶妙のフィット感があり、以後も「私生活」、「めまい」などでセクシー路線をアピールした。ただし、イメージ以前の堂々たる歌唱力にも注目すべき。

おすすめトラック

経験試聴
ダニエル・モナムール試聴

山本リンダ
『どうにもとまらない』

1972年 Release

あまりにも派手なルックスに過剰なほどの演出、そしてわかりやすいメロディ上で最大の効果を生み出す弾けまくったボーカルと、山本リンダにはいろんな意味でのフックが備わっていた。最たるものは大ヒットした「どうにもとまらない」、「狙いうち」だが、ダンス・ミュージックとすらリンクするグルーヴ感には時代を超越した説得力が備わっているとすらいえる。

おすすめトラック

どうにもとまらない試聴
狙いうち試聴

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欧陽菲菲
『SOUL・FEI FEI!』

1999年 Release

136万枚ものセールス実績を打ち立ててレコード大賞新人賞を獲得した1971年のデビュー・シングル「雨の御堂筋」にはじまって、ジャズ・ファンク・テイストも備えた「恋の追跡(ラヴ・チェイス)」などに明らかなとおり、欧陽菲菲といえばソウルフルでセクシーなボーカルが最大の強み。「ゴッドファーザー愛のテーマ」のような楽曲でも、堂々たる存在感をアピールする。

おすすめトラック

雨の御堂筋試聴
恋の追跡(ラヴ・チェイス)試聴

小山 ルミ
『小山ルミ ヒット・コレクション J-POPヒッパレード28』

1971年 Release

アイルランド人の父親と日本人の母親との間に生まれ、中学時代からモデルとして活躍しはじめた小山ルミ。1968年の「はじめてのデート」で歌手デビューし、以後も「さすらいのギター」、「二つのギター」、「恋のサンライト・ツイスト」など、70年代中期までにヒットを連発した。キュートなルックスからは想像できないほどの、伸びやかでダイナミックな歌唱能力がポイント。

おすすめトラック

二つのギター試聴
恋のサンライト・ツイスト試聴

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森山良子
『森山良子 40th アニバーサリーベスト』

2006年 Release

ジョーン・バエズに感化されてフォーク・グループを結成し、その後ソロに転じたという森山良子。初期のヒット「禁じられた恋」は典型的なムード歌謡だったが、以後はフォーク・シンガーとして確かな足跡を残した。その最たるものが、代表曲でもある「この広い野原いっぱい」やキャンプファイヤーでもおなじみの「今日の日はさようなら」。これらに顕著な純粋さは貴重だ。

おすすめトラック

禁じられた恋試聴
この広い野原いっぱい試聴

加藤登紀子
『全曲集』

1999年 Release

レコード大賞新人賞受賞曲「赤い風船」、レコード大賞歌唱賞受賞曲「ひとり寝の子守唄」と「知床旅情」など、数々の受賞歴を持つ加藤登紀子は、間違いなく日本を代表するシンガーソングライターだ。長谷川きよし「黒の舟唄」や河島英五「生きてりゃいいサ」などのカバーにも味が。「百万本のバラ」など普遍的な楽曲も多く、時代に左右されることなく説得力を投げかける。

おすすめトラック

知床旅情試聴
黒の舟唄試聴

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研ナオコ
『研ナオコ ベスト・コレクション32』

2008年 Release

タレントとしても活躍する研ナオコは、1971年のデビュー当初から歌い手としての才能を感じさせた。でも、その真価が正当に評価されたのは1975年の「愚図」、翌年の大ヒット「あばよ」以降かも。そこで独自の世界観に到達し、78年に中島みゆきの手による「かもめはかもめ」、82年にサザンオールスターズのカバー「夏をあきらめて」と名曲を生み出したという流れだ。

おすすめトラック

かもめはかもめ試聴
夏をあきらめて試聴

内藤やす子
『歌が唄いたい!! ベストヒット&カラオケ』

2006年 Release

1975年に「弟よ」でデビューし、翌年に複数の賞を勝ち取った「思い出ぼろぼろ」で大ブレイク。そんな経緯を経てきた内藤やす子といえば、独特のハスキーな声質が特徴。ソウルフルでありながらどこかに日本的なムードを持っているだけに、次々とヒットを生み出していったことにも納得できる。多くの楽曲を手がけた宇崎竜童&阿木燿子とのコンビネーションも抜群。

おすすめトラック

弟よ
あんた

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葛城ユキ
『ベスト・コレクション』

1997年 Release

1983年の大ヒット・ナンバー「ボヘミアン」が当時のバラエティ番組で「♪おてもやぁ〜ん!」と替え歌にされたのは、それほどインパクト抜群だったから。ハスキーでパワフルなボーカルと勢いのある楽曲が、絶妙のバランスでリンクした結果だ。他の主立ったヒット曲といえば80年の「哀しみのオーシャン」以下数曲だが、どの時期の曲も全般的にクオリティは高い。

おすすめトラック

ボヘミアン試聴
哀しみのオーシャン試聴

アン・ルイス
『me-mySELF-ann-i-“refreshed”』

2004年 Release

アイドルとして1971年に「白い週末」でデビューしたアン・ルイスは、「グッド・バイ・マイ・ラブ」や「女はそれを我慢できない」あたりを契機に洋楽指向とロック・アプローチを積極的に押し進めていった。その流れのなかで誕生したのが、1984年のヒット・ナンバー「六本木心中」や86年の「あゝ無情」だ。ダイナミックな曲調で、そのボーカルには磨きがかかる。

おすすめトラック

六本木心中試聴
あゝ無情試聴

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More&More

中尾ミエ&伊東ゆかりの「アップ・アップ・アンド・アウェイ」は、園まりを加えたスパーク三人娘が1970年に日比谷の音楽喫茶「ヤングメイツ」で開催したライブを収めた『まり・ミエ・ゆかりの大作戦 J-POPヒットパレード20』のハイライト・トラック。たとえばこの曲を耳にすると、「昭和の歌謡界では、本当に実力を持った歌い手が活躍していたんだなあ」と感慨にひたらずにはいられない。「恍惚のブルース」でおなじみの青江三奈、菅原洋一に認められ、「サバの女王」のヒットで大成功したアルゼンチンのグラシェラ・スサーナ、130枚以上をセールスした大ヒット「わたしの城下町」の小柳ルミ子、清純派シンガーとして「みずいろの手紙」で当てたあべ静江などは、王道中の王道? けれど吉田日出子の「りんごの木の下で」や藍美代子の「ミカンが実る頃」がそうであるように、爆発的に大ヒットしたわけではないにしても重要な名曲は、他にも数多く生まれている。昭和の体験と絡ませながら思い出していくだけで、このスペースが簡単に埋まってしまいそうな勢いだ。そうそう、男女デュオであはるけれど、チェリッシュの「なのにあなたは京都へゆくの」なんかもはずしたくない一曲ですよね。