60年代に大活躍した尾藤イサオの代表曲は、アニマルズの名曲をカバーした「悲しき願い」だ。アイ高野を中心としたザ・カーナビーツのデビュー曲「好きさ好きさ好きさ」は、ゾンビーズの「I Love You」を日本語訳したもの。「心の旅」でおなじみチューリップの源流はビートルズである。ってなところからもわかるように、黎明期の国内ロッカーにとって“洋楽に近づくこと”は大問題だったのかもしれない。創造物の原点は模倣で、それがオリジナリティの確立へとつながるのだからまあ当然。事実、以後のシーンからは“自分たちらしさ”を確立した人材が数多く登場した。たとえば元ダイナマイツの山口富士夫が在籍していた村八分の個性的な表現は、ロックのフォーマット内にありながらも日本的だった。逆に紫のハードロックのリアリティは、アメリカの施政下にあった沖縄の土壌があってこそ生まれたものだ。70年代後半に登場したアースシェイカーの場合は、日本人的なメロディ感覚に根ざしている。また「めんたいロック」と呼ばれたA.R.B.やTHE MODSがそうであるように、特定の地域からある種の色を備えたバンドが生まれてくるという流れも。ひとくちに日本のロックとはいっても、多種多様に広がっているというわけだ。
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