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FEATURED ARTIST 山崎ハコ 特集 

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ただ歌っているだけです、
歌わせてください。

1975年9月、18歳の時、アルバム『飛・び・ま・す』でデビュー。ハコの歌は“暗い”とよく言われるが、か細い身体でギターを弾き、声を振り絞るように歌うハコは、自ら傷つきながらも、前向きに生きていこうともがいているようだった。彼女の声は18歳という年齢を飛び越えた艶を持っており、孤独や喪失感だけでなく、まっすぐな力強さ、優しさを歌で表現していた。そんな姿が多くの共感者を生み、マスコミでも話題となった。1990年頃からは、役者としても活動をはじめ、歌手・山崎ハコは更に自分を探す旅へと飛び立ち、デビュー30周年記念のアルバム『歌いたいの』で、今の等身大の姿を見せてくれている。山崎ハコが、例えようもなくピュアであることは、その歌からも充分に察することができるが、すごく明るい人でもある。そんなハコさんにインタビューすることができた。


◆新作『歌いたいの』について

-----アルバムが出来るまでの経緯は?

デビュー30周年ということで、2年くらい前にニュー・エレックからデビュー当時の2枚のアルバムが再発されたんですね。私はエレックの後、キャニオン〜ポリドール〜トーラスとレコード会社を変るんですが、その辺をひっくるめてユニバーサルから2枚組みのベスト盤が出て、他にもいろんな種類のベスト盤が出たんです。それで、デビュー30周年に向けて徳間ジャパンからも何か出したいと。ただ、通常のベスト盤だと、曲が重なってしまうし、エレックからはオリジナル再発も出てるし・・・。丁度、私の公認ホームページで、ファンの皆さんにアンケートを取っていたんですね。そのファン投票で選ばれた上位の曲をベスト盤にしたら、というアイデアが出てきたんです。そのアンケートでは、曲を新たに録り直した方がいいか、昔のままでいいか、ということも訊いたんです。そうしたら、ほとんどの人が録り直した方がいいって(笑)。そこで再度、録り直す曲と、昔のままでいい曲(ストリングスとかがいっぱい入ってるやつとか)を決めて、そうして出来あがったのが『歌いたいの』なんです。ファンの意向を大事にして作ったアルバムです。

「会えない時でも」だけ新曲なんです。コンサートでずっと歌ってたんですけど、全部出来てなかったんです。このアルバムに入れたくて、ちゃんと作ったんです。この曲では、今自分が言いたいことをちゃんと言えているので、入れて良かったなと思います。人の気持ちがわかるって大事ですよね。相手の心の痛みがわかる人間になりたいっていうのがあって、そんな気持ちを込めています。この曲が、今の等身大の自分です。

-----デビュー盤で歌っていた曲を、今歌うことで何か変化は?
できるだけそのまま歌おうと思ったんですけど、それは逆に言うとちょとだけ嘘になるかも。何故かって、デビューしてからの30年間ってあるわけですから、それが滲んでいなかったら嘘になるし、意識せざるを得ないですね。「飛びます」って、デビューした時の17歳の女の子の決意の歌なんです。ソ連のマトリューシュカのように、芯に17の女の子の決意があって、そこにいろんなものがのっかって大きくなっているだけで、その芯だけは無くさないようにって・・・。あの思いは私だけがわかっている。あの女の子の決意は私にしかわからない。その気持ちを私が忘れちゃったら、あの子は行くところがなくなっちゃう。あの一途さを無にしたくないっていう一心で、私はプロをやめなかったんだと思う。どれだけ一途だったかって、私にしかわからない。

「飛びます」って、ギター一本で歌ってもカラオケで歌っても同じ歌い方なんですね。ライブで歌うのと同じように「飛びます」を歌えたなら、今の私が出るんだと思ったんです。それに、アレンジャーの新しい発想で歌が広がったし、自分でも勉強になった。30年を経て、こうやって冒険してやる事って必要だったんですよね、この歌にとっても。そうしないと一生出れなくなっちゃうから。「サヨナラの鐘」もアレンジャーが、これでもかっていうくらい泣きのアレンジにしちゃったり(笑)。でも、歌を大事にしてくれてるんですね、みんな。ハコの歌だからって・・・。

◆これまで
-----音楽を始めるきかっけは?
デビュー前は、ほとんど何もやってないです。ギターも友達のを借りて弾くぐらいで。高校から横浜に出てきたんですが、クラスの友達3人でフォークのアマチュア・コンテストに出ようってことになって。コンテストでは、「翼をください」か「あなた」を歌うつもりだったんですが、オリジナル曲っていう規定があって、じゃあ私が曲を作るって言ったら、他の友達がそんな曲覚えたくない、ということで私が一人で出ることになったんです(笑)。そこで優勝しても、1年くらいは普通に高校に通ってましたよ。でも3年生になって就職とかも考えなくちゃいけなくなって、そういえばプロにならないかって誘われてたんだ、と思って。コンテストを主催してたところに「プロになろうと思います」って言ったら、じゃあデモテープを作ろうって。そこからは、一気に話が進みましたね。

-----デビュー当時のこと。
曲はほとんど、デビュー前の1年くらいの間に作りました。15歳の時に作った一番最初の曲が「影が見えない」で、それはデビュー盤にも入れましたけど。私、デビュー前に“新譜ジャーナル”の表紙になったんですよ・・・。でも、誰これって(笑)。デビュー当時は、事務所がまわりの騒動からシャットアウトしていて、閉ざされた世界にいました。学校の友達も、ハコは別の世界に行くから、もう付き合わないでくれって、事務所から言われたらしいですよ。高校の時は、私たち20何人しかいないクラスで、3年間ずっと一緒なんですけど、修学旅行にも行けなかった私のために、何年か前に修学旅行を企画してくれました(笑)。

私って、歌と演奏が同録なんですよ。『飛・び・ま・す』だけ、アレンジャーの人がいて、私が一人別にやったんですけど、2枚目以降は、全部一緒にやってるんです。エレックとしては『飛・び・ま・す』は鳴り物入りで出したっていう感じだったんですが、エレックが倒産したみたいだとなると、間髪入れずに、キャニオンから『飛・び・ま・す』と『綱渡り』がジャケットを変えて再リリースされましたからね。カッティングも若干変えたので、エレック盤とキャニオン盤の両方欲しいという人が多かったですね。キャニオンに移っても、凄いメンバーで録音してるんですけど、同録なので、ミュージシャンも自分がミスった時なんか、'今のはハコの歌が良かったからやり直すのは無理だよね〜’とか(笑)。アルバム『流れ酔い歌』のレコーディングの時は、つのだひろさんがドラムを叩きながら泣いちゃって、演奏が止まらないんですよ(笑)。初めてのシングル「流れ酔い歌」は、みんなで一緒にやったテイクがボツになりそうになったんですが、「みんな泣きながらやったのに、何でボツにしちゃうんだよ〜」と訴えてくれて、そのテイクがシングルになりました(笑)。伝説のレコーディングですね。

-----『人間まがい』というアルバムについて。
企画ものだったんですけど、話題になりましたね(笑)。「きょうだい心中」と「心だけ愛して」が『地獄』という映画に使われることになって。「きょうだい心中」とか、ふつうのアルバムに入らないんですよ(笑)。それまでも、あまりに暗いといわれるので、隠していた曲があったんですよ。レコード会社的にも、暗いのは避けようという風潮もあったし、自分でボツにしていたんですね。それが、このアルバムだったら入れられると思って、ここぞとばかり暗い曲を入れましたね(笑)。
「呪い」はこのアルバムのために書き下ろしたんです。「からす」もこのアルバムのために作りましたね。‘泣く子はどこじゃい、からすがさらっていくぞ’という歌は必要だろうと。日本一怖いアルバムを作るのに、やっぱり“わら人形”も必要だろうということで(笑)。「呪い」のギターは石川鷹彦さんなんですけど、「きれいすぎて怖いぐらいのアレンジにしてください」と頼んだら、ほんとに、ギターがきれいすぎて怖くなっちゃって・・・、「サスペリア」みたいで。あの曲って、大ケン(大槻ケンヂ)が有名にしたっていう部分もあるんですよ。大ケンがラジオで、「僕が自閉症の頃によく聴いてた」とか言って、毎週のようにかけてたから。でも、いろんなところで聴いていてくれるのは嬉しいですよね。この前は、卒論に使いたいとかいう人もいたし・・・。誤解されてる部分もあったので、ネットで「呪い」の背景を説明したんです。あれは、わら人形に“釘を打つ”のではなく、ウダウダと悩んでいる自分に“釘を刺す”という意味で作ったんです、と。でもあの時は、キャニオンが効果音の名人に頼んで、わら人形を木槌で叩く音を入れちゃったもんだから、余計にわら人形のイメージが強くなっちゃって・・・。

◆これから
-----これからどんな歌を歌っていきたいですか?
40何歳になって、やっと普通の人々の生活が出来るようになったというか、楽しかったり、うんざりしたり、という生活を送ることが出来るようになった。そのすべてを今、感じて、体験してるんです。私は、青春が遅かったんです。当時も、青春がなかったわけじゃなくて、大事な大事な青春なんですけど、そこにはまわりが何もなくて、一人だけなんですね。事務所がまわりを閉ざしてたっていうのもありましたし、洗脳されるように、金持ちになったら歌は死ぬぞ、みんなと遊びたいと思ったら歌は死ぬぞ、彼氏を作りたいと思ったら歌は死ぬぞ、とかずっと言われてて・・・。自分がそうなっちゃうのが怖かったんです。自分は他と違うものを持ってるっていうのが自分の支えなのに、それが、普通の人と同じになったら、何も勝てるものがなくなっちゃう。それでなくても、20歳すぎたらただの人って言われるのが怖かったんですよ。自分は天才だなんて思っていないけど、まわりがそう言うから、余計に普通の人になっちゃいけないって・・・。だから、脅迫されたような十数年を送ってしまったんです。でも今、普通になっても私は腐らないと思ってるんです。いろんな日々の営みをわかったうえで、ハコの視線で歌っていきたいんです。主婦の虚無感とか、孤独や闇の世界を歌いたいんです。闇にしか行けない人がいるから。私のことをわかってくれたように、闇の中にいる人のことをわかってやりたいって思う。できれば、一緒に手をつないで、自分のいる闇を見るんです。強ければ闇を見れるから。だから私は、強いところから、歌わなくちゃいけないんです。私の歌をカッコよく歌うというのは、私が強くなるために必要なんです。カッコよく、凛と歌えるかと自分に挑むことが・・・。

-----役者の経験は、歌う上でプラスになっていますか?
シンガー・ソングライターは、自分で歌を作ってるんで、その意味はわかってるんです。だから探りませんよね、真意を。セリフは人が書いてるから、この「はい」はどういう意味の「はい」なのかとか、探りまくるわけです。その探るということが、他人の曲をカバーするときに役に立つんです。自分が思っていないことが詞になってるわけですから、意味を探って、私はこれで行こうとかね。でも、セリフは、書いた人に聞けば答えは出ますけど、歌は答えがないんです。失恋もしたことのないような女の子が私の歌をうたってもかまわないし、私が、ビリー・ホリデイやジャニス・ジョプリンの「サマータイム」を歌っても、それは嘘にはならない。歌だけは自由なんです。芝居をやってみて、感じることですよね。

話を聞いていて、ハコさんは強いと改めて感じた。自分のペースで音楽を続けることに、自信と希望を抱いている、そんな強さを感じた。そして、ファンへの感謝を込めて「あなたが愛したハコを私が棄てたらいけない。ほんとに、ああいう歌手はいなかったねって、自分でも思いたいし」という言葉が忘れられない。

(取材&Text:遠藤哲夫)
Track List
Album『歌いたいの』 2006/05/24 Release
ダウンロード価格 
トラック 各\210(税込)
01. 歌いたいの  >>試聴
02. 望郷  >>試聴
03. 白い花  >>試聴
04. 刹那の夢 
05. 織江の唄  >>試聴
06. 心だけ愛して 
07. 稲の花 
08. ヨコハマ  >>試聴
09. 私が生まれた日 
10. 流れ酔い唄 
11. 気分を変えて  >>試聴
12. サヨナラの鐘  >>試聴
13. 歩いて 
14. 飛びます  >>試聴
15. 会えない時でも  >>試聴
印の曲は現在、OnGenでは配信しておりません
ファン投票で選ばれた上位曲を収録したベスト・セレクションであるが、15曲中7曲は新録音、1曲は新曲である。デビュー・アルバムに入っていた「飛びます」「サヨナラの鐘」「望郷」「気分を変えて」や、セカンド・アルバムの「歌いたいの」「白い花」などが、現在(2006年)のハコの歌で聴けるのは非常に感慨深いと共に、歌の生命力を改めて感じる。シンプルながらも広がりのあるアレンジがされており、間奏にホイッスルによるアイリッシュ音楽風のメロディをはさんだ「飛びます」や、かすかに鐘の音も聞こえる「サヨナラの鐘」、アコースティック・ギターの音が美しい「歌いたいの」などは、是非オリジナル・バージョンと聴き比べてほしい。声そのものはデビュー当時とほとんど変わっていないので、新録と28年前の「流れ酔い唄」(シングル・バージョンで収録)が並んでいても違和感がない。そして新曲の「会えない時でも」が収められたことで、このアルバムは歌ってきた30年の人生の重みを、さりげなく明日への希望に変える。
Profile
山崎ハコ(Yamasaki Hako)
1957年5月18日大分県日田市生まれ。
高校から横浜に移り、73年のテクニクス・フォーク・グランプリで特別賞、74年の相鉄ジョイナス・フォーク・コンペティションで優勝し、75年の9月にエレックから『飛・び・ま・す』でデビュー。

76年にセカンド・アルバム『綱渡り』をリリースした後、エレック・レコードが倒産。キャニオン・レコードに移籍する。77年に3作目『藍色の詩』を発表し、初の全国ツアーを行う。78年に『流れ酔い唄』、79年に映画『地獄』の主題歌となった「心だけ愛して」、81年には映画『青春の門』のイメージ・ソング「織江の唄」(作詞:五木寛之)がヒット、ニッポン放送「オールナイトニッポン」のDJも担当し、幅広い人気を掴む。その後、レコード会社をポリドール〜トーラスと移籍しながらコンスタントにアルバムを発表。91年には渡辺えり子主宰の「劇団3○○(さんじゅうまる)」の公演に出演し、女優としても活動を始める。

94年にビクターからリリースした歌謡曲カバー集『十八番(おはこ)』が、レコード大賞アルバム企画賞を受賞。95年には名作『私が生まれた日』、セルフカバー集『ハコのお箱』を発表。

2000年には、NTV系「電波少年」の箱男シリーズに室井滋と共に出演し、引きこもりを救うための応援歌も作った。2001年には、ギタリストの安田裕美氏と結婚。ラジオ番組「山崎ハコの本日おハコ」「山崎ハコの夢歌さがし」のパーソナリティも務め、歌手、女優、エッセイストなど多方面で活躍を続けている。

北原ミレイや石黒ケイ、南沙織、アグネス・チャン、裕木奈江、島倉千代子などに曲を提供、香坂みゆきが「気分を変えて」をカバーしているのも有名だ。
Selected Discography
『飛・び・ま・す』(紙ジャケット仕様)   2006/01/25 Release  バップ/エレック VPCC-84521『綱渡り』(紙ジャケット仕様)   2006/01/25 Release  バップ/エレック VPCC-84522『ゴールデン☆ベスト 山崎ハコ』  2006/03/01 Release  ユニバーサル UPCY-6118/9
Information
5月18日(金)『山崎ハコ半世紀ライブ』
六本木・「STB139 スイートベイジル
開場18:00 開演20:00
メンバー:山崎ハコ(vo/g)、安田裕美(g)、他
昨年9月以来2度目のSTB139。今回はこの日が誕生日という記念日ライブが実現。
Links
>>山崎ハコ レーベル・サイト(徳間ジャパン)
>>山崎ハコ 公認ホームページ「山崎ハコの世界」
>>山崎ハコアーティスト詳細ページ
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Music Lounge Artist Special Play List Vol.18
山崎ハコが影響を受けた(好きな)10曲M1  メリー・ジェーン   つのだ★ひろM2  傘がない  井上陽水M3  愛するってこわい  ジュンとネネ  現在、OnGenでは配信しておりませんM4  迷信  スティーヴィー・ワンダーM5  悲しみの兵士  シルヴィ・バルタン  現在、OnGenでは配信しておりませんM6  エコーズ  ピンク・フロイドM7  イマジン  ジョン・レノンM8  ノー・ウーマン・ノー・クライ  ボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズM9  ウィズ・ア・リトル・ヘルプ・フロム・マイ・フレンズ  ジョー・コッカーM10  ザ・スリル・イズ・ゴーン  B.B.キング
有線放送にかじりついて聴いていた歌謡曲、そして兄の影響。

「私が10歳のころから、親が小料理屋をやっていたんです。学校が終わると、家とは逆の方向のお店に入り浸って、有線放送ばっかり聴いてました。だから、その当時の歌謡曲ってほとんど歌えるんですよ(笑)。兄は私より5つ上で、クラプトンとか、ツェッペリンとか、ピンク・フロイドとか聴いてて、私は兄のいない隙にレコードを聴きまくってました。歌謡曲からロックからごちゃ混ぜで」

当時、好きだった曲を十数曲挙げていただいた。
右に選んだ10曲の他にも、
ニール・セダカ「恋の片道切符」
ダニエル・ヴィダル「オー・シャンゼリゼ」
レッド・ツェッペリン「天国への階段」
キング・クリムゾン「ムーンチャイルド」
ビートルズ「レット・イット・ビー」
などなど、次々と曲名が出てくる。鼻歌まじりで曲を紹介していただいた。

ハコさんのピンク・フロイド好きは、ファンの間では有名な話で、『歌いたいの』のブックレットやトレー下の写真には、ピンク・フロイドの『アニマルズ』のジャケットに影響を受けたという、3つの塔(例の工場の煙突に見たてている)が写っている。

「小学校の頃は、ずっと歌謡曲で培われてきて、そして、兄の影響でピンク・フロイドやB.B.キングとかを聴くようになって、燃えてましたね。その後でフォークが来るんですね。井上陽水さんでしたね、最初は。私の生まれ故郷(日田市)って九州で一番、陽水のレコードが売れた地域らしいですよ。陽水で1曲あげるとすると、「傘がない」かな。でも、グランド・ファンク・レイルロードの「ハートブレイカー」にそっくりだったので、中学校の頃、自分でも悩んでました(笑)。コード進行が同じだ、どうしよう〜って(笑)。今度、恐れ多くも陽水メドレーをやろうと思ってるんですけど、「東へ西へ」とかは、レコードでギターを弾いてた本人が隣にいるので(ご主人の安田裕美氏)、‘本物、本物〜’とか言ったりして(笑)」

「同世代の女性シンガーって、あまり残っている人がいないですね。カルメン・マキさんも、りりィさんも、五輪真弓さんも、中島みゆきさんもみんな年上ですからね。ラビさんも古くから歌ってるし。松任谷由実(荒井由実)さんは、私より前にデビューしてるんですけど、あっちはニューミュージックって呼ばれてるのに、私はフォークのままでしたね(笑)」





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