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FEATURED ARTIST 上田正樹 特集

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大阪弁による庶民派ブルース『ぼちぼちいこか』、ファンキーなR&B/ソウルミュージックが爆発する『この熱い魂を伝えたいんや』という歴史的名盤を残した伝説のバンド、上田正樹&サウス・トゥ・サウス。ウェストロード・ブルース・バンド、ソー・バッド・レヴュー、憂歌団などが活躍した70年代の関西ロック/ブルース・シーンの先駆け的なバンドでもあった。ソロとなった上田正樹が1983年に放った大ヒット「悲しい色やね」は、日本人の心に染みる大人のラブソングとして今も歌い継がれる名曲である。21世紀に入り、活躍の舞台をアジアをはじめワールドワイドに広げ、世界のミュージシャンとの交流を持つ。今年の7月にニューアルバム『OSAKA』をリリースした上田正樹さんにお話を伺うことができた。

■新作『OSAKA』を出すきっかけは?
小さい時から、というか、歌い始めてからの自分の夢ってあるじゃないですか?僕は世界に出たいっていう意識が一番最初からあったんです。今回のアルバムは日本語でやる最後のアルバムになるかもしれない・・・、と思っています。21世紀に入って自分でも弾みがついたのは、インドネシアやマレーシアで僕の歌がすごくヒットしたり、アフリカでレコーディングしたものがアルバムになったりしたことで、音楽って国や文化を越えて、人と人とが向き合える最高のツールだと思うんです。ポップ・ミュージックはそうじゃなくちゃいけないんですよ。だから、より大きなマーケットに出て行くというのは、最初からの僕の意志なので、そうしていくと思うんです。
ラッキーなのは、僕は今まで歌うことだけやってきたこと。歌うことだけでやってこれた。ほとんど40年近くになりますが、ファンの皆さんが僕の歌にお金を払ってくれたからやってこれたのであって、その恩返しという意味もすごくありますし、ここからどこへ行くのかということもひっくるめて、自分の原点を確かめようと。ここではあえて“オオサカ”じゃなくて、“オサカ”(OSAKA)にしたんです。80年代ぐらいから、街のありかたが変ってきたというか、地方独特の感じがなくなって、どこも似たような街になってきてる気がする。だから、“オオサカ”というとちょっとニュアンスが違うので、“オサカ”なんです。

■選曲にあたって苦労されたことは?
選曲はほとんど、3人たてたプロデューサーが決めた。彼等には彼等の考えがあって。最初は20曲くらい、今やるとしたらこんな感じになるかなと自分の家で録音して、それを聞かせて、そこからさらに曲を選んでいったんです。僕は今、英語でたくさんの曲を書いていて、次の作品のことに頭がいってるから(笑)、本当は、「え〜、日本語でやるの?」という感じだったんだけど、ここを区切りにしてやっていったらどうですか、というスタッフの意見もあったし、「じゃ、やろう」と。
それと、もうひとつ言いたいのは、僕と同世代の人たちに、僕がずーっとやり続けてきたということを聴いて欲しいのね。当時、まともな人間はみんな学生運動をやってて、いい加減な奴等が音楽をやってた。でも、学生運動をやってた連中が挫折していく中で、僕はずーっと音楽をやり続けてきた。歌って変化していくもので、一緒にやるミュージシャンや時代の空気でも変っていくし、歌に込めるグルーヴ感や歌の上手さも変ってくる。僕の持論だけど、「歌の上手さなんて、1年でティッシュ1枚分くらいしか積み重ねられない」。でも40年やってるから、ティッシュ40枚分は上手くなってるよ、と。その積み重ねを、同世代の人に聴いて欲しい。

■今回のアルバムには、サウス・トゥ・サウス時代の曲や、ソロ・デビュー作に入っていた「悲しい日々」なども収録されていますね?
何百曲とレコーディングしてきた中で、まわりのスタッフも含めてこの曲(「悲しい日々」金森幸介・作)が好きなんですね。いかにまわりのスタッフが寂しいかということにもなるんだけど(笑)。あさって、有山淳司とライブをやるのね。新しい人たちとも一緒にやるけど、30年以上前にやってた有山と一緒にやるっていうは、音楽にとっての醍醐味でもあるし、お互いに触発されてさらに上に登っていく、そこにミュージシャンの原点があると思う。

■新曲も入っていますね?
1曲は島田紳助が詞を書いて、僕の友達のBOROが作曲した「そして大人の風の中へ」という曲で、紳助がやってるTV番組の中の企画で生まれた曲なんですけど、この機会にアルバムに入れようということになって・・・。もう1曲は、僕も大好きだった藤山寛美さんの娘さんで、藤山直美さんの舞台用に頼まれて書いた「星空の下で」という曲。アジア(サイゴン)が舞台で、丁度、僕の曲がアジアでヒットしていた頃で、あんな風な曲を書いてくれと頼まれたんですけど、全然あんな風ではなくなったんですが(笑)。それと、NHK土曜ドラマ『新・マチベン』のテーマ曲になった「Somewhere Sometime」がボーナストラックで入ってる。僕は新しいとか古いとか、あまり感じないんです。今歌えば“今”なんだという気持ちが凄くあるから。その意味では、盛りだくさんというアルバムになっていると思います。

■今度、上田さんの伝記本が出るそうですが?
『戻りたい過去なんてあらへん』という本で、いかに女で苦労してきたか、という本です(爆笑)。そんなことはなくて、純粋に、音楽をどうやってきたのか、どう捉えてきたのか・・・、僕等が音楽を始めた時ってマニュアルが全然ないんですよ。もしあったとしても耳を貸さなかったとは思うけど・・・。今って音楽学校がたくさんあったり、How To本もあったりするけど、僕等は“気持ち”だけでここに来たから。この気持ちを表現するにはどうすればいいんだろうとか、R&Bが大好きで必死でコピーしたりとか、自分の中の羅針盤を頼りに何十年もやってきたんですよ。仕事をやるということも、人生を乗り越えていくということもひっくるめてね。勿論、失敗もあるんだけど、それらのことをそのまま本にしたという感じかな。
僕は前しか見てない。やっぱり、グラミー賞をとりたい、ワールドツアーをちゃんとしたい、アジア/アフリカからビートルズを超えるようなヒーローを出したいとか、前なんですよ。グルーヴをもっとよくしたい、もっと歌が上手くなりたいというのがファースト・プライオリティだから。

■デビュー当時のこと。
サウス・トゥ・サウスでデビューする前は、ディスコ・バンドをずっとやってた。赤坂の“MUGEN”でハウス・シンガーをやったり、フィリピン人だけのバンドで歌ったり、アフロ・アメリカンの人と一緒にやったりとか・・・。R&Bが大好きだったから、ディスコで死ぬほど歌ってた(笑)。
有山淳司と出した『ぼちぼちいこか』(75年)というアルバムは、大阪の街の感じを出そうということで、ディレクターとかを入れずに全くの二人だけで一週間くらいで作ったアルバムなんだけど、当時の音楽雑誌“ニュー・ミュージック・マガジン”で、彼等の大阪弁は一般の人にはわからない、と酷評を受けてガッカリしたのを覚えてるけど・・・。その後、アメリカ南部の有名なブルースマンとセッションをしたことがあって、彼等の英語は訛りがひどくて何を言ってるのか全然わからない。ブルース大好きのその評論家に、「じゃあ、あんたはミシシッピー・デルタ周辺のブルースの英語がわかってるのか」と返したら、もう何も言わなくなったけど(失笑)。

当時の関西のロック/ブルース・シーンは、大阪と京都に約200バンドずつ、400くらいのバンドがひしめきあっていて、ほとんどアマチュアみたいなバンドなんだけど、若いなりに世界に目が向いてたね。京都の“拾得”というライブハウスで演奏してると、そこでデヴィッド・ボウイが踊っていたり、いろんなアーティストが京都に集まってきて、凄くヒップだった。まだ音楽がマネーゲームに入っていない時期だから、音楽にカリスマ的な部分とパワーがあった。すごく面白かったけど、すごく辛かった。2時間半くらい延々と歌っていて、吐きそうになったり(笑)。バンドは「こうでなくちゃいけない」っていうのがなかったし、アフロヘアーのギタリストがいたり、ピアニストが角刈りのヤクザ風だったり・・・。ファッションとか関係なくて、音楽はスピリットだから。

■一番最初に衝撃を受けた音楽は?
アニマルズのエリック・バードンを見たときが一番最初。何に駆り立てられたのかというと、ビート感なのね。今でいうとグルーヴ感になるのかな。アニマルズがやっていた、ジョン・リー・フッカーの「ブーン・ブーン」という、♪グギャ、ゴギグギャガ〜、ドンッ、カンカンカン、ブ〜ンブンブンブ〜ン、って曲、一発で毛穴が全部開くようなね(笑)。今でもグルーヴを大事にするっていうのは変ってなくて、それがたとえバラードであっても、グルーヴを生かすっていうのがね。

■大ヒット曲「悲しい色やね」について。
あの時はすごくジレンマがあった。歌をやめようとさえ思った。人にはチヤホヤされて、莫大なお金は入ってくるし、道を歩けばキャーッて言われて・・・、自分の中で「お前、こんなことがやりたくて音楽をやってきたのか」って声が聞こえてきた。歌謡曲的な要素が強かったし、悪い曲じゃないんだけど、僕がやるにはちょと違うっていう・・・。その次の年くらいに、アメリカで「First International Music Competition」というコンテストがあって、審査員にクインシー・ジョーンズがいて、スケジュールを全部踏み倒してそれに出たんです。自分の本当の評価を確かめたくて。そこでベスト・パフォーマンスとベスト・コンポーザーの賞をもらった。その後ですね、2ウェイで行こうと思ったのは。「悲しい色やね」は、一番クッキングしずらい。僕にとってこの曲は、まだまだ過渡期のような気がする。ここではベストの出来だけど、まだまだ変るぞっていう、そのせめぎ合いが難しいですけどね。

■2000年前後からアジアでも活躍されていますが、アジアに目を向けたきかっけは?
最初は、もう日本はいいかなと思った時期があって。商売的な部分でしか音楽が反映されないんだったら、俺はもういいや、と。歌が上手くなろうとやっているのに、世の中が求めているのは、下手でもなんでもいいんだ、こういうレベルのやりとりだったら、もういいと。それで、海外でいろんなミュージシャンとセッションしたり、知り合いが出来たりして、その中からインドネシア、マレーシアでの「Forever Peace」のヒット曲が生まれたんです。デュエットしたREZAという女性は、チャカ・カーンなんかが好きなんだけど、育った国の環境でコーランの影響があって、フレーズの中にコーラン的な節回しが自然に出てくる。そういったバック・グラウンドが滲み出てくる。僕の場合も、アフロ・アメリカンのR&Bじゃなくて、上田正樹のR&Bになってると思う。R&Bは頭を使ってやるもんじゃないし、僕はR&Bが好きっていうだけでやってきたから。

■■歌うことで一番伝えたいこととは?
一言では難しいけど・・・、好きなんだよね、歌うことが。いろんな言い方があって、生きてる証だとか、自分のすべてだとか、でも言葉にするとどれも当てはまらない気がする。歌はもの凄く深いし、まだまだ表現することへの、自分の甘さを感じる時もあるし。でも、本当に愛しくて、抱きしめたくなる。だから、丁寧に歌う、抱きしめるように・・・。どうやって生きてきたのか、ということなのかもしれないし、よくわからないんですよ。最後までわからないのかもしれない。ただ、人を気持ちよくさせたいっていうのはいつも思ってる。

デビュー前にディスコのハウス・シンガーで歌っていた頃から数えると、約40年にわたり自分の大好きなR&Bやソウルを歌い続けてきた上田正樹。そのブレのない歌への情熱と、魂のグルーヴを追い求める姿は、このインタビューからも熱く伝わってくる。『OSAKA』というセルフカバーを中心にしたアルバムは、40年という時間の中で熟成された、ホンモノだけが持つ歌の凄み、深さを感じさせてくれる。こんな風に歌えるシンガーなんて、日本のどこにもいない。世界へ向かっていく、という言葉がずしりと響いた。

(取材&Text:遠藤哲夫)
Track List

Album  『OSAKA』

ダウンロード価格
アルバム \2,400(税込)  
トラック 各\200(税込)

01.
スルー・ザ・ナイト試聴
02.
扉をあけろ!試聴
03.
悲しい日々試聴
04.
おまえを救けにゆく試聴
05.
大阪へ出て来てから試聴
06.
可愛い女と呼ばれたい試聴
07.
むかでの錦三試聴
08.
星空の下で試聴
09.
そして大人の風の中へ試聴
10.
わがまま試聴
11.
悲しい色やね試聴
12.
シング・マイ・ソウル試聴
13.
Somewhere Sometime試聴
Selected Discography

Album  『BEST SELECTION』

ダウンロード価格
アルバム \2,400(税込)  
トラック 各\200(税込)

01.
悲しい色やね試聴
02.
TAKAKO試聴
03.
Still Lovin’ You試聴
04.
It’s Alright試聴
05.
ずっと遠くで試聴
06.
わがまま試聴
07.
HOLD ON, I’M COMIN’試聴
08.
Brother J.O.試聴
09.
ASIAN試聴
10.
IF YOU DON’T KNOW ME BY NOW試聴
11.
風が駆けぬける試聴
12.
あこがれの北新地試聴

Album  『SMILE』2003

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アルバム \2,205(税込)  
トラック 各\158(税込)

おすすめトラック
ファイアー・アンド・レイン試聴
風に吹かれて試聴
ムーン・リヴァー試聴

Album  『IMAGINE』2004

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アルバム \2,048(税込)  
トラック 各\158(税込)

おすすめトラック
ユーヴ・ガット・ア・フレンド試聴
イマジン試聴
リーン・オン・ミー試聴

Album  『FREEDOM』2006

ダウンロード価格
アルバム \2,048(税込)  
トラック 各\158(税込)

おすすめトラック
雨のジョージア試聴
ジェラス・カインド試聴
ハートに火をつけて試聴

Album  『SHAKE THE MUSIC LIVE』2006

ダウンロード価格
アルバム \1,200 (税込)  
トラック 各\200(税込)

おすすめトラック
The Happy Song試聴
Unchain My Heart試聴
Knockin' On Heaven's Door試聴
Profile

上田正樹(うえだまさき)
1949年7月7日生まれ。 京都市出身のR&B/ソウルシンガー、ソングライター。

1974年に、有山淳司、中西康晴、藤井裕、くんちょー、正木五郎とサウス・トゥ・サウスを結成。関西ブルース/ソウル・シーン伝説のバンドとして名を残す。『ぼちぼちいこか』(75年・有山淳司とのデュオ名義)、『この熱い魂を伝えたいんや』(75年)の2枚のアルバムは現在も再発を繰り返し、多くのファンに聞き継がれている。

'1976年5月『やせた口笛で』(上田正樹とサウス・トゥ・サウス名義)をリリースした後、サウス・トゥ・サウスを解散。1977年にアルバム『上田正樹』でソロ・デビュー。1982年10月に発売された「悲しい色やね」が'83年に入って大ヒット。一挙にメインストリームへと躍り出る。「TAKAKO」(84年)、「わがまま」(92年)なども大ヒットを記録。

21世紀に入り、韓国で「Hands Of Time」がトレンディ・ドラマ「ゴースト」の主題歌に起用されて大ヒット。さらに、インドネシアの歌姫REZAとのデュエット曲「Forever Peace」が、インドネシア・マレーシアのヒットチャートで17週間連続1位に輝くなど、アジアの音楽シーンでも高い評価を得る。

スタンダード・ナンバーをアコースティックなサウンドで仕上げた『SMILE』(03年)で新境地を開き、厳選した自身の名曲を全曲新たに録音した、未来へと向けたアルバム『OSAKA』を2007年7月にリリースした。

Information
◆Live
〜OLDTIME 20周年記念LIVE Vol.4〜 上田正樹LIVE
9月28日(金)
 和歌山市 OLDTIME
開場 18:30 / 開演 19:30
お問合せ先:OLDTIME 073-428-1950

上田正樹 Live In M'axa
10月12日(金)
 三重県松山市 LIVE HOUSE MAXA
開場 18:30 / 開演 19:30
お問合せ先:LIVE HOUSE MAXA 0598-56-4825

上田 正樹コンサート2007「キー坊久しぶり!」
〜アルバム「OSAKA」発売記念〜
11月19日(月)& 20日(火)
 大阪厚生年金会館 芸術ホール
開場 18:30 / 開演 19:00
お問合せ先:JMP 0120-578-100

Book ◆Book
日本ナンバー・ワンの実力派シンガーが、その音楽人生を300ページにわたって熱く語り尽くす!
上田正樹 語りおろし
「戻りたい過去なんてあらへん」
上田正樹/著 K&Bパブリッシャーズ(2007年11月上旬発売予定)
Links
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上田正樹 画像

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Music Lounge Artist Special Play List Vol.23
上田正樹が影響を受けた(好きな)10曲
JK 01

Ray Charles
「Abraham, Martin & John」
現在、OnGenでは配信しておりません

■関連楽曲:Marvin Gaye
Abraham, Martin & John

JK

Ray Charles
「That Lucky Old Sun」
現在、OnGenでは配信しておりません

■関連楽曲:Louis Armstrong
That Lucky Old Sun

JK

Joe Tex
「Hold On To What You Got」
※現在、OnGenでは配信しておりません

JK

U.S.A For Africa
『We Are The World』
現在、OnGenでは配信しておりません

魂に染みついたR&B/ソウルのルーツ。

上田さんが影響を受けた10曲であるが、事前にお願いをしていなかったにもかかわらず、その場で、サラサラッと10曲を挙げていただいた。レイ・チャールズから始まって、R&Bの名曲が続いたあと、やっぱりジョン・レノンも、ドアーズも、とロックの曲を挙げた後、またR&Bのオーティス・レディングに戻っていくあたりに、上田さんのルーツを強く感じた。

「レイ・チャールズの“エイブラハム、マーティン&ジョン”は、リンカーンとマーティン・ルーサー・キング、ジョン・F・ケネディという、暗殺された3人のことを歌った曲。マーヴィン・ゲイも歌ってるね。彼等ははどこに行ったんだ、と。R&Bって、歌の中身はたいしたことを歌ってないんだけど、お前が好きだとか、抱きたいとかね(笑)。でも、たまにこういう曲がポツッと出てくるんだよね。“ラッキー・オールド・サン”は、ゴスペル的なね、名曲ですよ」

「ブルック・ベントンは、ニューヨークのセントラルパークの近くの小さなクラブで聞いたんですよ。ボロボロ泣いたね。客は4人くらいしかいなかったけど、素晴らしかった。目の前で見れたし、R&Bの底力を強烈に感じた。ハグしてもらったしね・・・、というか俺の方からハグしに行ったんだけどね(笑)」

「ジョー・テックスは南部のR&Bシンガーで、あんまり人気はなかったけど、もの凄くいい曲。R&Bでも、こういったオールドスクールな曲は凄く好きだね」

上田さんは、ヴィデオアーツから、『SMILE』『IMAGINE』『FREEDOM』という3枚の洋楽ポップスやスタンダード・カバーを中心にしたアルバムを出している。ジェイムス・テイラーの「ファイアー&レイン」なども歌っているが、R&Bを極めた人にしか出せない深い味わいがある。

「その時その時に、自分がどうクッキングするかだけなんだけど、今やるともっと面白いと思うけどね。R&Bってスタイルじゃないんだよね。R&Bって、その時代の一番いい曲をやってるはずなんだよ。アレサ・フランクリンなら“明日に架ける橋”だったり、オーティス・レディングだと、ビートルズの“デイ・トリッパー”とか、ストーンズの“サティスファクション”とかね。そういう曲をへっちゃらでやってるんだよ。でも、さすがに“いとしのエリー”は、歌ってくれと言われたけど、イヤだったね(笑)。僕の中で、その曲がホントにいいと思ったら、何語でも歌うけどね。日本語でもインドネシア語でも」

「ジェイムス・テイラーって、いいよね。僕は思うんだけど、ジェイムス・テイラーのサウンドって、スティングは確実にコピーしてるね。add9(アドナインス)のコード使いとか、“スティング、お前はここから来たな”っていうのが見えるんだよ。それはそれでいいとは思うけどね」

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