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FEATURED ARTIST ミシェル・ルグラン 特集

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ミシェル・ルグラン、映画音楽を語る

今年生誕75年を迎えた映画音楽の巨匠・ミシェル・ルグラン。これまで映画音楽を振り出しに、ジャズにシャンソン、クラシックにオーケストラ・アレンジ、近年では舞台ミュージカルやオペラの作曲などあらゆる音楽ジャンルを横断し、作品を発表してきた彼だが、やはりその活動の核となったのは映画音楽であった。
今年6年振りの行なわれる来日公演でも、やはりその演目の中心は映画音楽である。ここでは、そんな彼が映画音楽とどう向き合ってきたかを聞いてみた。



■あなたの代表作でもある『シェルブールの雨傘』のコンセプトはどのようにして出来たのですか?

 監督のジャック・ドゥミは歌が完全に話し言葉に取って代るような、大々的なミュージカル映画を作りたがっていました。ただ、それはより日常生活に近く、現実的な次元のものにしたいと思っていたのです。そのため、オペラのように、過度に叙情的になるのを避ける必要がありました。話し言葉に出来るだけ近いテンポで歌い、日常の言葉と同じような緩急のあるものを考えていたのです。最終的に映画は話し言葉と歌の境界線上にあって、この2極の間でバランスを保ったものになりました。
 しかし、詞曲が出来上がってから、プロデューサーをみつけるのは大変な苦難でした。ですが、ある日、知り合いのピエール・ラザレフがマグ・ボダールを紹介してくれました。音楽についても同様です。1時間半分のオーケストラとヴォーカル付きの音楽を支えるスポンサーをクランクイン前に見つけなければならなかったのです。
 しかし、パリ中の出版元から同じ理由で断られました。「高すぎる! リスクが大きすぎる!」と。結局、同志のフランシス・ルマルクと私で録音費用を負担しました。つまり、『シェルブールの雨傘』は周囲の反対の中で出来た作品だったのです。

■アメリカとフランスで映画音楽を作る際の大きな違いはどのようなものでしょう。

 ハリウッドでは、音楽を含め仕事が分業化されています。あそこでは普通、作曲家はピアノ譜を書き上げたらあとはオーケストレーターに託すのです。アメリカで最初に手掛ける映画の際に、「どのオーケストレーターと仕事したいですか?」と聞かれました。自分でオーケストレーションするのだと答えると、まるで別の銀河系からやって来た人間と思われたようでした。
 私にとって、オーケストレーションは作曲の一部なのです。モーツァルトやラヴェル、ストラヴィンスキーのオーケストレーションを誰がしたのかなんて考えることはないでしょう? 私はオーケストレーションする時に作曲内容を発展させ、変更したり、変身させたりするのです。ですから、アメリカ式には従いませんでした。
 しかも、当時、映画は全て3人のオーケストレーターがオーケストレーションしていたため、恐ろしく均一な感じがしたのです。私はフランス人作曲家で、ハリウッドの型にはまるのではなく、自分の独自性、味わい、アイデンティティを保たなければならないと思いました。

■あなたは映画のために書いた曲を再編して録音することが多いですね。例えば『シェルブールの雨傘〜ルグラン・プレイズ・ルグラン』では、過去に手掛けた映画音楽を新たに演奏し直しています。映像なしの映画音楽というのはどの程度存在し得るのでしょうか?

 私の理論は簡単です。映画音楽は純粋な音楽です。映画にも音楽にも同じように尽くすものです。私の考えでは、映画音楽の質をはかる基準はこう言えると思います。映像なしで聞いて音楽が持ち堪えられるなら、音楽自体の価値がある。そうでないなら、音楽ではないのです。
 オーケストラのコンサート用に映画音楽を再考することが多く、よく組曲にしました。必ずしも簡単なわけではありません。私は因習打破的なオーケストレーションが好きですし。一見、一緒に機能する運命にはないような編成や言語を混ぜ、かき回したり重ねたりするのが大好きなのです。
 例えば私が音楽を手掛けた映画『ハンター』の音楽を聴いてみて下さい。劇中でかかる追跡のビッグバンドとバロック・オーケストラの掛け合いを。また、『ハッピー・エンディング』のタイトル曲は15の異なる曲を長く編み合わせて、それぞれの曲がその前後の曲の対位法的扱いになっています。「何の驚きもない退屈な音楽が必要なら、私に頼まないで下さい」こういう考えなので、リスクを負ったり、映画監督に断られることもありました。でも私は構いません。それこそが生きている証なんですから。

■そうした作曲家と映画監督の間のコミュニケーションの問題についてどのように分析されますか?

 私の意見では、映画監督のなかには、全く機能的で、中立的な、特に引っ掛かるところのない音楽を期待する人がいると思います。ところが、私は語りかけるような、歌う、生きた音楽を作曲し、それ以外の作曲は出来ないのです。出来るだけ目立たないような作曲をすることなど想像できません。
 そうした理由から、予想より表現豊かな音楽に恐れをなした数人の映画監督と少し衝突してしまったのです。彼らは音楽が映像の邪魔をするのでは、観客の注意を逸らしてしまうのでは、と恐れていました。
 しかし、映画の運命が作曲家の手の内にあることがよくあります。作曲家は最後に映画を目にする人間なのです。作曲家が登場する頃には、映画監督はすっかりガラスに鼻がくっついた状態になっているので、監督が見失うこともある。全体的な視点をもたらすのも作曲家の役割だと思います。

■映画音楽を作曲する利点は何ですか?

 映画音楽の作曲家は感光板のようにならなければいけません。企画の内容に絶対的に賛同して、目に見えようが見えなかろうが、内部の要素にならなければなりません。私は映画音楽は第2の台詞だと考えています。観客の潜在意識に話し掛ける方法で、深く押し込められた、隠された感情を映像の表面に浮上させる方法だと。映画音楽を作曲することで、私のなかにある様々な音楽文化を融合させたり、無制限にありとあらゆるスタイルで表現が出来るのが大きな利点です。
 映画1本1本、新しいゲーム、新しい賭けです。『ロシュフォールの恋人たち』や『愛のイエントル』のようなミュージカル映画の音楽は、それぞれ全く関係のない精神で作られています。同じ1本の映画の中でも非常に多様な方向性を探索することもできます。『大反撃』では、夢幻性を出すために、曲の色調はバロックやジャズ、モダン・ミュージックの間を揺れています。実は常にレッテルを貼られまいとしているので、この方がいいのです。
 一時期「ロマンティックな作曲家」というイメージを負わされたことがありましたが、そのイメージを壊すために手を尽くしました。『ビリー・ホリデイ物語 奇妙な果実』というビリー・ホリデイの伝記映画の音楽の依頼があった時、「黒人が出演する黒人についての映画で、しかも、私ががひどく若いかまだ生まれてもいない頃のアメリカの話なのに、なぜ私に頼んだのだろう?」と思いました。
 その時、モータウンのプロデューサー兼オーナーのベリー・ゴーディーは「君がアメリカ音楽を作曲できるただ一人の作曲家だからだよ!」と言ったんです。『おもいでの夏』か何かの音楽を聴いて、非常にアメリカ的と感じたのでしょう。あのテーマはアメリカ的でも、フランス的でもイタリア的でもなく、普遍的なのですが。感動する音楽はどこの音楽でもいいのです。従って私は同時に黒人であり、アメリカ人であり、ユダヤ教で、フランス人で、ドイツ人で、イスラム教のミュージシャンなのです。作曲を通して、あらゆる国籍、あらゆる時代の人間になるのです。

■映画音楽以外の作曲以外に、歌手であり、作家でもあり、ジャズマンでもあるわけですが、このような活動は平行して存在するキャリアと考えられますか?

 キャリアという概念には賛同しません。目標とか、結果、限界という考えは大嫌いです。私はアーティストで、政治家なんかではありません。人生から、そして様々な音楽の豊かさ、多様性からモチベーションを得るのです。一番大事なのは、常に初心者であり続けることです。人生で最も素晴らしい瞬間のひとつは初めて知る時、学ぶ時です。器用になり過ぎると、率直さはが失われ、怖いものがなくなってしまいます。
 冷たい言い方で「偉大なプロ」と言われるものには一生なりたくないと願っています。今までの歩みの間中、常に音楽的な楽しみを多様化しようと、「キャリア」という考え方をしない、永遠の初心者であり続けたいと思ってきました。ストラヴィンスキーもこう言っていました「我々不眠症の人間は常に枕の涼しい場所を捜し求めているのだ」と。私はいつもそういう場所を追いかけ続けているのです。
(構成&Text/濱田高志 Takayuki Hamada)

◆関連書籍のご紹介

[画像]

Books
『ミシェル・ルグラン 風のささやき』
濱田高志・著
2004/02/10発売 音楽之友社 \2,730-(税込)


 

ミシェル・ルグラン公認、初のコンプリート・ガイドブック。世界でも有数のルグラン研究家であり、本人とも親交のある著者が全編を書き下ろした“ルグランのすべて”。

Track List

Album  『シェルブールの雨傘〜ルグラン・プレイズ・ルグラン』2002

01.
シェルブールの雨傘 I Will Wait For You
映画『シェルブールの雨傘』
02.
風のささやき The Windmills Of Your Mind
映画『華麗なる賭け』
03.
夏は知っている The Summer Knows
映画『おもいでの夏』
04.
ハウ・ドゥ・ユー・キープ・ザ・ミュージック・プレイング? How Do You Keep The Music Playing?
映画『結婚しない族』
05.
ウォッチ・ホワット・ハプンズ Watch What Happens
映画『シェルブールの雨傘』
06.
これからの人生 What Are You Doing The Rest Of Your Life?
映画『ハッピー・エンディング』
07.
ヒズ・アイズ、ハー・アイズ His Eyes, Her Eyes
映画『シェルブールの雨傘』
08.
ハンズ・オブ・タイム The Hands Of Time
『ブライアンズ・ソング』
09.
オーディナリー・マン Ordinary Man
ミュージカル『壁抜け男』
10.
サマー・ミー、ウィンター・ミー Summer Me, Winter Me
映画『ピカソ・サマー』
11.
ユー・マスト・ビリーヴ・イン・スプリング You Must Believe In Spring
映画『ロシュフォールの恋人たち』
12.
ワンス・アポン・ア・サマータイム(リラのワルツ) Once Upon A Summertime
13.
ラムール・ファントム L'Amour Fantome
ミュージカル『ラムール・ファントム』
14.
イエントル・メドレーYentl
映画『愛のイエントル』

Album  『Legrand Jazz』1958

ダウンロード価格
アルバム \1,500(税込)  
トラック 各\150(税込)

01.
The Jitterbug Waltz試聴
02.
Stompin‘ At The Savoy試聴
03.
Round Midnight試聴
04.
Django試聴
05.
Night In Tunisia試聴
06.
In A Mist試聴
07.
Blue And Sentimental試聴
08.
Don‘t Get Around Much Anymore試聴
09.
Wild Man Blues試聴
10.
Nuages試聴
11.
Rosetta試聴

Album  『Paris Jazz Piano』2001

ダウンロード価格
アルバム \1,500(税込)  
トラック 各\150(税込)

01.
Sous Les Ponts De Paris (パリの橋の下)試聴
02.
Paris In The Spring (パリは夜もすがら)試聴
03.
April In Paris (パリの四月)試聴
04.
Sous Le Ciel De Paris (パリの空の下)試聴
05.
Paris Canaille (パリ・カナイユ)試聴
06.
Paris Je T‘Aime D‘Amour (わが愛するパリ)試聴
07.
I Love Paris試聴
08.
The Last Time I Saw Paris試聴
09.
Moulin Rouge (ムーラン・ルージュの歌)試聴
10.
La Vie En Rose (バラ色の人生)試聴
Selected Discography

Album
『シネマ・ルグラン ミシェル・ルグラン映画音楽集成』
2007年 Release
ユニバーサル UCCM-9248/51

Album
『ヌーヴェル・ヴァーグ作品集』
2007年 Release
ユニバーサル UCCM-4046

Album
『栄光のル・マン/ハンター』
2007年 Release
ユニバーサル UCCM-4047

Album
『シェイド・オブ・メモリー』
1995年 Release
ソニー MHCP-1366

Album
『パリジャン・ブルー』
1991年 Release
ソニー MHCP-1368

Album
『オータム・イン・パリス』
1992年 Release
ソニー MHCP-1367

Album
『シェルブールの雨傘 オリジナル・サウンドトラック完全盤』
ソニー SICP-1367/68

Album
『ロシュフォールの恋人たち』オリジナル・サウンドトラック
ユニバーサル UICY6824

Album
『おもいでの夏』オリジナル・サウンドトラック
DRG-19076

Profile

[画像]

 ミシェル・ルグランは、1932年2月24日パリ生まれ。父はフランスを代表する楽団指揮者レイモン・ルグラン。母は楽譜出版社を経営するマルセル、そして2歳年上の姉は、のちにスウィングル・シンガーズのリード・ソプラノとして名を成すクリスチャンヌ。まさに絵に描いたような音楽一家のなかで育っている。11歳の時にパリのコンセルヴァトワール(国立高等音楽院)に入学。翌年には上級ソルフェージュ第1位をとって首席となり、その後1949年には和声学部第1位の成績を修め、1952年、20歳にして通常より4年も早く同校を卒業。ほどなくプロとしての活動をスタートさせている。

' 父の手伝いで映画音楽に手を染めたのは10代半ば。以後、『過去を持つ愛情』(54年)を振り出しとして、本格的に映画音楽を書き始めるが、その一方で自己のグループを率いては、パリのクラブで熱演を見せ、若くして周囲の話題をさらっている。作編曲の才に長け、時にその歌唱をも披露する多彩な音楽性は、すぐさまレコード会社の目に留まり、やがてピアノ・トリオや楽団名義でのレコードを矢継ぎ早に発表。1958年には、マイルス・デイヴィスやビル・エヴァンスらを従えたリーダー作『Legrand Jazz』で、その名を全米に轟かせた。

 また、帰国時に盟友ジャック・ドゥミと組んだ『シェルブールの雨傘』(63年)のヒットは、彼に世界的な名声をもたらし、続く『華麗なる賭け』(68年)、『おもいでの夏』(71年)、『三銃士』(73年)も国内外で高い評価を得ている。

 80年代以降は、映画音楽に従事する傍らでクラシックの分野における指揮や監督業にも意欲を見せ、90年代後半には、初の本格的な舞台劇『壁抜け男』で新境地を切り開いた。近年はコンサート活動と舞台音楽の創作に意欲的で、近作ミュージカルとして、アレクサンドル・デュマ原作の『モンテクリスト伯』、椿姫を題材にした『マルグリット』、そしてドルフュス事件に材をとったオペラが控えている。
 華々しい受賞歴を持ち、3度のアカデミー賞と複数部門による5つのグラミー賞、さらには各国での映画・音楽賞や功労賞の受賞およびノミネートなど枚挙に暇がない。

Information
◆Live
ミシェル・ルグラン&グランドオーケストラ 生誕75周年記念ジャパン・ツアー2007
10月29日 (月)
 名古屋・愛知県芸術劇場コンサートホール
10月30日 (火) 大阪・フェスティバルホール
10月31日 (水) 東京・Bunkamuraオーチャードホール
11月1日 (木) 東京・Bunkamuraオーチャードホール
11月2日 (金) 東京・東京国際フォーラム ホールA
詳細はこちら ザックコーポレーション

USEN音楽番組
ミシェル・ルグラン 生誕75周年・来日コンサート記念特集

(放送期間:10/1〜10/31)

USEN440

Sound planet

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Music Lounge Artist Special Play List Vol.24
ミシェル・ルグランが敬愛するミュージシャン10人
JK

フィル・ウッズ
『Warm Woods』

※現在OnGenでは配信しておりません

JK

マイルス・デイヴィス
『Milestones』

※現在OnGenでは配信しておりません

JK

ヘンリー・マンシーニ
『シャレード,ムーンリヴァー〜ヘンリー・マンシーニ自作自演 with RPOポップス』

※現在OnGenでは配信しておりません

ミシェル・ルグランとジャズ

ルグランが本場アメリカのジャズと出会ったのは、53年に訪仏していたディジー・ガレスピーのために編曲と指揮をしたのが最初で、ルグランが21歳の時。54年には、パリに因んだ曲を集めて『I Love Paris』を発表している(『Paris Jazz Piano』はその変則的リイシュー盤)。そして、ルグランが58年にアメリカに渡った時に、マイルス・デイヴィスやビル・エヴァンス、ジョン・コルトレーン、フィル・ウッズ、アート・ファーマーなど当時の先鋭ジャズメンを集めて、ルグラン・アレンジによるジャズの再解釈を試みた歴史的名盤『ルグラン・ジャズ』を残している。
ここに名前があがっている「ミシェル・ルグランが敬愛するミュージシャン10人」について、ルグランとジャズの関わりを中心に、簡単に紹介したい。

オスカー・ピーターソンは、カナダのモントリオール生まれのピアニスト。“鍵盤の皇帝”の異名を持ち、超絶なテクニックと格調の高さを誇る世界的巨匠であり、“Jazz In Paris”シリーズなどでフランスとの関わりも深い。58年にはマルセル・カルネ監督の『危険な曲がり角』の映画音楽も担当した。
フィル・ウッズは、パーカー派アルト奏者として最高の実力を誇り、フランス録音の『アライヴ・アンド・ウェル・イン・パリス』はウッズの代表的名盤として知られる。『ルグラン・ジャズ』以来、ルグランとは多くのセッションを残しているが、75年の『Images』はアルト・サックス、ピアノ、オーケストラのための組曲を収録し、ルグラン&ウッズの最高のコラボレーションが聴ける。
マイルス・デイヴィスも『ルグラン・ジャズ』での共演以来ずっと親交を続けるジャズ・ミュージシャンの一人であり、マイルスの遺作となったサントラ盤『ディンゴ』は、二人の共作である。
クインシー・ジョーンズは、ジャズ畑にとどまらずマイケル・ジャクソンのプロデュースなどで大きな功績を残した作曲家/プロデューサー。56年録音の初リーダー作『私の考えるジャズ』は、ルグランの方法論にも近いビッグ・バンド・ジャズで、57年にはフランスに渡り実際にルグランとの交流もある。
ステファン・グラッペリは、ジプシー・スウィングの代名詞でもあるジャンゴ・ラインハルトの楽団で活躍したフランス人のバイオリニスト。ルグラン作品には初期の頃から参加しているが、92年に夢の共演ともいえる『おもいでの夏』を残している。
サラ・ヴォーンは3大女性ジャズ・ボーカルの一人としてあまりにも有名。ルグランとは『サラ・ヴォーン/ミシェル・ルグラン』という壮大なオーケストラをバックにした作品がある。
トゥーツ・シールマンスはハーモニカ奏者として、ジャズやポピュラー界で広く親しまれている。ルグランの『シェイド・オブ・メモリー』等で共演している。

他に、シャンソンの女王エディット・ピアフには、ルグラン自身が「エディット」というオマージュ・ソングを作っているし、同じ映画音楽の巨匠として『ティファニーで朝食を』や『シャレード』『ひまわり』等の名作を残したヘンリー・マンシーニ、そしてクラシックからはドビュッシーの名前が挙がっているのも興味深いものがある。
(Text/遠藤哲夫)

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